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| 住む家が無事であった我が家は、市内でも中心部に位置していたため、自衛隊入浴施設や給水車のある避難所ま |
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| で歩ける距離でした。また、ライフラインが他地域よりも早く復旧しました。ボランティアや自衛隊の方々の支援、自治 |
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| 体や応援復旧隊の不休の作業があり、何とか元の生活を取り戻しつつあります。 |
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| これはあくまでも私の体験記録です。 |
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| 避難所から遠く重い水を運びご苦労された人、小さな子供のいる方や高齢の方など、どれほど不安で大変な生活で |
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| あったかと想像します。何よりも、生活の基盤が根底から壊れ、未だ不安な日々を過ごしている方がたくさんいます。 |
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| この地震は、中越地方のあらゆる産業に大きな打撃を与え、地域経済への影響が住民への負担となって重く圧し掛 |
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| かるものとなります。 |
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| それでも 「元気出していこう、輝く柏崎」。 |
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| 皆様のご支援に感謝し、いつどこで起こるかわからない災害について、思いを巡らせてくだされば幸いです。 |
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| 平成19年9月 新潟県柏崎市民 さき |